×

CATEGORY

CATEGORY

専門カテゴリー

INFORMATION

MENU

ポイント会員募集中
HOME»  ブログ記事一覧»  タロットカードとトランプについて。

タロットカードとトランプについて。

  • 件 (全件)
  • 1

トランプの絵札、絵柄の人物

トランプについて

 

トランプの歴史
トランプは遊びのためのカードなので、札が一つでもだめになるとそのパックはすぐに捨てられ、新しいカードに買い換えられたため、現物も残りにくく、また賭け事にも使われ禁止令も度々でていて証拠になるものを残せないため、その記録は非常に少なく、資料もとぼしく研究者も苦労しているようです。
とりあえず、現
在の時点で有力と思われるトランプの歴史を考察してみます。

トランプの祖先と考えられるものは、7~8世紀頃、中国の唐の時代(617年~906年)にプレイングカード(トランプ)に近い数札が存在したといわれています。これらが中国からイスラム圏に渡っていったと推測されています。
13世紀には、この中国からイスラム圏に伝来したカードが変化して、「マムルーク・カード」の起源のカードが出現したと思われます。
この「マムルーク・カード」がヨーロッパに渡り、14世紀の1320年頃プレイングカード(トランプ)のスート(マーク)の原型(聖杯、棒、貨幣、刀剣)が発明された様です。そして、1377年にはプレイングカード(トランプ)の直接の記述の信頼のおける記録であるヨハネスの文章や、フィレンツェ、シエナ、パリでもトランプの存在を表す記述が見つかっています。
14世紀後半にはヨーロッパ全土にプレイングカードが広まり、15世紀の1430年頃にはイギリスにも伝来しました。この頃のスート(マーク)は、イタリア、スペイン、ポルトガルでは、聖杯、棍棒(イタリアでは棒)、貨幣、刀剣でしたが、ドイツでは、14世紀終盤から15世紀頃に、心臓、木の葉、鈴、どんぐりのマークが発明され、さらにドイツでは15世紀中頃から16世紀には多数の変型スートが作られました。
そして、15世
紀の後半、1470年頃にフランスにおいて、現在使われているハート、クラブ、ダイヤ、スペードのマークが発明されました。(但し、呼び名は心臓、三つ葉、敷石、槍でした。)このマークはシンプルなシルエットで、従来の複雑なマークより容易に早く、かつ安価に製造でき、また、形が抽象的でゲーム中に識別しやすいものでした。同国において世界で最初にトランプを木版刷りのステンシル彩色にして大量生産し始め、ルーアンなどで盛んに製造され輸出されるようになると、やがてイギリスに渡り、さらにアメリカへと広まり、現在の標準となったようです。
また、16世紀初期にフランスにおいてコートカードに固有の人物があてはめられていき、同世紀にイギリスでは、ハート、クラブ、ダイヤ、スペードの呼び名が定着しました。
16世紀末には、遂にポルトガルより日本にトランプが伝来し「天正カルタ」となり、その後「めくりカルタ」や「うんすんかるた」そして花札に変化していきました。
17世紀に入り1602年頃には双頭カードが出現し1628年頃には関税によるスペードのエースの装飾化が始まり、18世紀には1789年のフランス革命の影響でトランプのコートカードの人物に革命家などが当てはめられたりしました。
19世紀には双頭のカードが広まり、特にこの世紀の中半から後半にかけては、ジョーカーが加わったり、カードの4隅が丸くなったり、隅に表示(インデックス)が付けられるなど、製造技術の向上と共に変化して現在の形になって行ったようです。
そして、19世紀末、1885年(明治18年)以降、日本に現在のトランプがイギリス、アメリカ、ベルギーなどから輸入される様になりました。

 

 

 

トランプの絵札、絵柄のモデル
現在の絵札のデザインは、15世紀終わりから16世紀の初めにかけてフランスにおいて、その原型が出来てきており、16世紀初め頃からフランスではそれぞれの絵札に固有人物を当てはめる習慣が作り出され、歴史上、伝説上の有名人物の名前をカードに書き入れはじめました。ただ、初期には名前とマークの関係はほとんどなく、いろいろな名前が付けられましたが、16世紀の終わり頃、アンリ四世の時代には一応その名前が統一されました。この習慣はフランス革命(1789年)まで続きますが革命後は一時的に王や女王の絵柄が嫌われ革命家カードなども登場します。しかし、王政復興後には現在のカードに描かれている絵柄に近いものが定着することとなります。

 

 

【キング】
[キング]・・・王
(英:King)(独:Konig)(仏:Roy又はRoi)(伊:Re)(スペイン:Rey)(ポルトガル:Rey)

*スペードのキング  「ダビデ王」(?~970BC)
旧約聖書「サムエル記」に登場する古代イスラエルの王「ダビデ王」です。このダビデと妻「バテシバ」の間に生まれたのが伝説の王「ソロモン王」です。ダビデ王はハーブ(竪琴)を奏で、幼少のころサウル王を慰めたと言われています。讃美歌も書いた人物と言われ、古いカードにはハーブが描かれていることがあります。また、投石器を使いペリシテの巨人ゴリアテをたおしたと言われゴリアテの剣を常に持っています。

*ハートのキング   「シャルルマーニュ」(742年~814年)
(「チャールズ大帝[1世]」「カール大帝」とも言います。)
8世紀末~9世紀、中世のヨーロッパの英雄でカロリング朝フランク王国のシャルルマーニュです。(なおシャルルマーニュはフランス語圏、チャールズ大帝{1世}は英語圏、カール大帝はドイツ語圏での呼び名です。また、ラテン語ではカルロス大帝です。)
「ヨーロッパの父」と呼ばれたシャルルマーニュは西暦800年12月25日にローマ法王、教皇レオ3世により皇帝の載冠をうけ、この時を西ローマ帝国の復活と見て西ローマ帝国皇帝となったと考えられています。
なお、口ひげをたくわえていないキングは、ハートのキングだけです。これは最初に作られた木版の一つに、これを彫った職人がノミを滑らせてしまい、誤ってひげをそり落としてしまったため、それ以来、口ひげがないのだそうです。元々中世期の武器"戦斧"を振り回している姿だったそうですが、何年かたつうちに"戦斧"の頭が落ちて、その柄が剣の柄に変えられたそうです。英国では18世紀後半、このカードには「キューピットの矢、無用」の仇名があり、トランプの中では一番強い札とされていました。

*クラブのキング   「アレキサンダー大王」(356BC~323BC)
マケドニア・ギリシャ連合軍を率いて、一大帝国を築き世界を征服した最初の王。衣服のどこかに十字架つきの宝珠を飾っているものもあります。一時はアーサー王やカルタゴのハンニバルが描かれたこともあるようです。なお、アレキサンダーが統治した土地をアレキサンドリアと呼び、これは複数あったようですが、一般的にアレキサンドリアといえばエジプトに作られた都市を指します。

*ダイヤのキング   「ジュリアス・シーザー」(100BC~44BC)
古代ローマ帝国皇帝ジュリアス・シーザー(英語読みでユリウス・カエサル)です。キングの中で唯一この王がダイヤを見るように横向きなのは、
1. ローマ帝国のコインに表された唯一の肖像が横向きであったため。
2. 金に執着心が強かったため。
3. 横にいるクレオパトラを見つめていたため。
など諸説あります。ただ、古いダイヤのキングは反対の方向に向いているものもあるのですが…。
一説によれば、古いルーアンの札は左向き。右向きの札は、17世紀のパリで始まったそうです。また、1490年頃のカードには、ローマの元老院に報告した、「我来れり、見たり、勝てり」の有名な言葉も記されているそうです。

以上、これら4人のキングは、西欧文化の基礎となった4つの文明「ヘブライ(イスラエル・ユダヤの別称)」「神聖ローマ帝国」「ギリシャ」「古代ローマ帝国」を表しているそうです。

 

 

【クイーン】
[クイーン]・・・女王
(英:Queen)(独:Dame {Ober:〈上官〉が使われる時もあり})(仏:Dame又はReine)

*スペードのクイーン  「パラス・アテナ」(Pallas Athena)
ギリシャ神話の知恵と学問の神であると同時に戦いの神である「アテナ」(ローマ神話ではミネルヴァ[Minerva])です。このクイーンだけが唯一武器を手にしています。ダビデと同じ剣からの連想で、この札の女王となったと言われています。一時は「ジャンヌ・ダルク」といわれたこともあり、英国では「悲嘆」の名がついているそうです。

*ハートのクイーン   「ジュディス」(Judith)
ジュディスに関しては三つの説があります。
1. 旧約聖書外典の1つである「ユディト記」に登場するユダヤの女傑ユディト(仏語読み、英語ではジュディス)。
2. シャルルマーニュ(カール大帝)の王子ルイ1世〈ルードヴィヒ〉の妻、ババリア(バイエルン)のジュディス。ブロードウェイの芝居「ピピン」に紹介された?
(上記、1.と2.の説について旧共立女子大学教授の吉田正俊氏は、昭和47年の「英語研究」の中で、「ハートのクイーンは2.のシャルル大帝の養女ジュディスであるが、彼女は淫蕩の傾向があって、フランス人は好まず1.の女傑ジュディスということになっている。彼女はアッシリアの猛将の首をとって民を救ったので、その勇気をハートで象徴した」と述べています。)
3. シャルル6世の妻、バイエルン(ババリア)公女「イザボー・ド・バビエール、1371~1435年」(これもババリアのジュディス?彼女も悪女説あり)
など、諸説あります。英国での仇名は「美しき盗賊」だそうです。

*クラブのクイーン   「アージン」(Argine、アルジーヌ)
ラテン語の女王(クイーン)の意味を持つレジーナ(Regina)のアナグラムを用いて表したアージン(Argine)と言われています。初期には「素敵なルクリース」、「フローリプ」と呼ばれたこともあるそうです。
フランスの大貴族アンジュー公ルイ2世とアラゴンの美しい王女ヨランド・ダラゴンの間に生まれたアンジュー公女マリー(マリーダンジューまたはアラゴンのマリー?)を指すと考えられています。
マリーはジャンヌ・ダルクの活躍により国王になったシャルル7世(イザボー・ド・バビエールの息子、1403~1461年)の妻となるのですが、シャルル7世には他にアニエス・ソレルという公式な妾がおり宮廷で強い影響力を持っていました(ソレルはダイヤモンドを身につけた初めての女性で、後に水銀により毒殺されたとか・・・)。また、シャルル7世の母でハートのクイーン説のあるイザボーや11歳以後のシャルル7世を実質的に育て、強い影響を与えたマリーの母ヨランドなど影の実力者に囲まれて、マリー自身は非常に影の薄い存在でありました。そのため、このような字謎が使われたのかもしれません。
また、フランスの伝説の美女アルギヌ(アージン?)と言う解説もインターネットに出ています。

*ダイヤのクイーン   「ラケル」(Rachel、英語読みレイチェル)
旧約聖書の創世記に登場する、「ヤコブ」の妻のひとり「ラケル」です。ラケルは「ラバン」の美しい娘で、姉の「レア」とヤコブを取り合います。ラケルとヤコブとの間に生まれたのが「ヨセフ」です。
他の説に、シャルル7世の妾でクラブのクイーンの所で触れたアニエス・ソレルと言う説もあるそうです。
英国での仇名は「恋人の宝」だそうです。

ところで、四人のクイーンは、一人一人がそれぞれ薔薇の花を手にしているそうで、この薔薇は、イギリスのバラ戦争で互いに戦った、赤薔薇が象徴するランカスター王家と、白薔薇が象徴するヨーク王家との縁結びという説もあります。(黄色い花を持っている場合もあるのですが…)

 

【ジャック】
[ジャック]・・・従者
(英:Jack又はKnave)(独:Bube又はUntermann)(仏:Valet)(伊:Fante)(スペイン:Sota)(ポルトガル:Soto)

*スペードのジャック   「オジェ・ル・ダノワ」(Ogier le danois)
シャルルマーニュ(カール大帝)の12人の勇士(バラディン、聖堂騎士)の一人、デンマーク人のオジェです。オジェはデンマークでは伝説の英雄ホルガー・ダンクス(Holger danske)として親しまれています。2本の剣が特徴だそうです。18世紀の中頃、リヨンのカード製造者がPique(槍)とPipeを間違えて彼にパイプをくわえさせたことがあったそうです。

*ハートのジャック    「ラハイヤ」(La Hire)
シャルル7世の宮廷の従者で傭兵隊長のラハイヤ(ライール)です。実在の人物(1387~1442年)で、「孔雀とぶどう」の立派な家紋も墓とともに残っています。本名はエティエンヌ・ステファン・ド・ヴィニョールで、ジャンヌ・ダルクの戦友で信奉者でありました。

*クラブのジャック    「ランスロット」(Lancelot)
アーサー王伝説の12人の円卓の騎士の騎士長、ランスロットです。アーサー王の妃ギニヴィアと浮き名を流したアーチェリーの守護聖人で、「湖の騎士」とも呼ばれており、フランスでは非常に人気がありました。このカードには製造者名を記すことが多かったため、彼の名前は長いこと省かれていたそうです。
また、他の説にユダヤの英雄ユダ・マカベアという説もあります。

*ダイヤのジャック    「ローラン」又は「ヘクトール」
これも2つ説があり、
1. シャルルマーニュ(カール大帝)の12人の勇士のひとり、名剣デュランダルを持つ騎士ローラン
2. ギリシャ神話の戦士、トロイヤ(トロイ)王国の第一王子、勇者ヘクトール(ヘクトル、英語でヘクター、彼は後にアキレスに倒されます。)
初期のカードはローラン、後のカードではヘクトールとなっているそうです。
また、ダイヤのジャックは18世紀以後のイギリス、フランスでは「無価値な男」の代名詞に使われたそうです。

ちなみに、ハートとスペードのジャックは「片目のジャック」(横を向いて片目しか見えない)となっており、ハートのジャックはマークを見つめ、スペードのジャックは反対を見つめていることから、「若者は死に無頓着だが、愛に執着する。」と、たとえられるそうです。また「トランプ」(保育社)の著者、佐藤重和氏は、キングやジャックに片目のカードがあるのに、クイーンには一枚もないのは、女性たちは男性と違って、愛にもお金にもそして死に対しても、それほど興味を惹かれないのかも・・・とも述べています。

 

 
ところで、上記の人物とスートの対応は、古くからカード作りが盛んだったフランスのルーアンで作られたものと、17世紀~18世紀頃パリ近郊を中心にヨーロッパで広まり主流となったもの(パリパターン)では、若干の違いがあるそうです。

ルーアン版                パリ版
キング                   キング
  スペード:ダビデ王             スペード:ダビデ王
  ハート :アレキサンダー大王       ハート :シャルルマーニュ
  クラブ :シャルルマーニュ         クラブ :アレキサンダー大王
  ダイヤ :ジュリアス・シーザ        ダイヤ :ジュリアス・シーザ
クイーン                  クイーン
  スペード:アテナ              スペード:アテナ
  ハート :ラケル              ハート :ジュディス
  クラブ :ジュディス            クラブ :アージン
  ダイヤ :アージン             ダイヤ :ラケル
ジャック                  ジャック
  スペード:ヘクトール            スペード:オジェ
  ハート :ラハイヤ             ハート :ラハイヤ
  クラブ :ランスロット           クラブ :ランスロット
  ダイヤ :オジェ              ダイヤ :ヘクトール


ただし、人物とスートの対応は製造会社や時代によっても多少違っているので、これが正しいというのは、はっきりしていません。

なお現在、英国経由でアメリカや日本で広まっているデザインには、特定のモデルはないとも言われています。

ところで、現在の様に上下2つの顔のある両頭カードの最古のものと考えられているカードは1602年に作られたもので、ブリュッセルのハル美術館に保存されています。ただ、この様な両頭カードは19世紀の終わりまであまり普及しませんでした。
日本においては、江戸時代の洋学者、宇田川よう庵の遺品の中に本人手書きの「おらんだかるた」があり、箱の表には「一具五十二葉、文化四年(1807年)四月十日芳樹庵」と書かれています。このカードはすでに両頭となっており、クラブのキングはアレキサンダー、スペードのキングはダビデとなっています。

また、この他インターネット上には次の様な情報があります。
*カードを赤と黒に色分けしたのは、フランスが始めた。
*カードの裏面は1850年に初めて模様が付けられた。
*イギリスのぺリラ社が1862年に初めてカードの隅にインデックスをつけ、カードの4隅を丸くした。(堤芳郎著「トランプ手品百科」)
*フランスのドラルー社が初めてカードの4隅を丸くした。(桐山雅光著「トランプの遊び方」)
*カードの角が丸くなり、隅に表示(インデックス)が付けられるようになったのは1870年代。(U.S.プレイングカード社「The Playing Card People」)

このようなことを知って、カードの絵柄を眺めていると、また新しい発見があるかもしれません。


*参考文献:松田道弘著「トランプものがたり」、林宏太郎著「トランプとタロット」 他

 

 

トランプやタロット以外の古いカード
【トランプやタロット以外の古いカード】
現在ヨーロッパに残っている古いカードは、大きく分ければトランプ(プレイングカード)かタロットに分類されるのですが、長いカード文化の歴史のなかで、特殊なカードも誕生していました。
特に有名なのは、ドイツのフランシスコ会の修道僧トマス・ムルナー教授創案の「教育カード」です。1507年、クラカウ(現在はポーランドの都市)の大学の論理学授業のため作られたもので、ハート、鈴、どんぐり、太陽、月、星、盾、王冠、魚、いせえび、さそり、ばった、猫、帽子、鳥、蛇の合計16のマークがあり、一組160枚で出来ていました。また、1518年には120枚の「哲学用カード」も作られました。ムルナー教授は、人文主義者エラスムス(1466年~1536年)と同時代に生き、ドイツ、スイス各地の大学で講義していて、クラカウには1491年頃、地動説提唱者コペルニクスも在学していたそうです。
他に有名なものに、
リヨン(1660年)やパリ(1672年)で作られた紋章カード
ドイツ(1719年)やイギリス(1828年頃)の天文学カード、
イギリス(1656年)の国語教育実習カード、
ドイツ(17世紀)やロシア(1830年頃)、イギリス(1675年)の地理カード
ドイツ(1703年)の衣装カード
フランス(1760年)の歴史伝説カード
イギリス(1728年)の楽譜カード
イギリス(19世紀)の風刺画カード
などがあり、これ以外にも、政治、記念、広告、筆跡、調理、宗教、など多岐にわたるカードが作られ、「本」のような役割もはたしていたようです。
これらは、現在でもトランプの絵柄に取り入れられたカードや、復刻版でその面影を見ることが出来ます。
通信販売のトランプ販売の項を参考にして下さい。
また、1459年頃の「マンテーニャ・タロッキ」はタロッキと名前は付いていますが、これも教育目的のカードと考えられています。
マンテーニャ・タロッキ」は絵ばかりで出来ている50枚一組のカードで、10枚の絵の五組からなっており、E、D、C、B、Aの五つのカテゴリーに分けられ、E・1「乞食」からA・50「創造主」まで段階的に配列されています。作曲家の林宏太郎氏によると便宜上次のようなタイトルがつけられています。
E…社会の職階層
D…アポロと九人のミューズ
C…学問と芸術
B…七つの基本徳行と天文
A…天体と天空
{「B」に含まれる基本徳行とは、正義、思慮分別、節制、不屈の精神(力)、信仰、希望、慈愛、の七種を表し(このうち、信仰、希望、愛の三種は「神学的三美徳」ともいいます。)、ヨーロッパ精神史の重要な事柄で、タロットの寓意画の題材の一部にも使用されています。基本道徳、基本徳目ともいい、英語ではカーディナル・ヴァーチュズ(Cardinal Virtues)と言うそうです。}
これは、十五世紀半ばまで受け入れられていた、トレミーの宇宙法則(トレミーとは2世紀にアレクサンドリアで活躍した天文学者「プトレマイオス」のことで、天動説のこと。)を型取って作られており、各カードには、一番下に絵の名前とローマ数字があり、左右の下隅にカテゴリーを示すアルファベット記号とアラビア数字が付けられています。アンドレア・マンテーニャ(1431年~1506年)の作と考えられていましたが、一説によれば1459年、人文主義運動に寛大だった教皇ピウス二世(在位1458年~64年)がミラノの東方約140キロの位置にある、マントゥア(Mantua マントーヴァ)で考案したとも言われています。
マンテーニャ・タロッキは銅版画によるモノクロのカードでしたが、美しく着色と装飾が施された、復刻版が出ています。
通信販売のタロット販売の項をご参考下さい。


*参考文献: 林宏太郎著「トランプとタロット」、岡田夏彦著「運命の書」、Stuart R. Kaplan「THE ENCYCLOPEDIA OF TAROT」 他

 

 

世界のトランプメーカーについて


有名なメーカーは伝統のあるメーカーが多く、そのほとんどが19世紀に設立されています。カードは特にイギリスでは、19世紀になって、トマス・ド・ラ・リューによるド・ラ・リュー社という印刷業から出た、トランプ・メーカーにより発達し、アメリカではルイス・コーヘンによる色彩印刷の進歩など、製造法の技術的向上が進みます。現在では以下のメーカーが活躍しています。

*ピアトニック社(Piatnik, Ferd&Sohne)
オーストリアの有名なメーカーで、1824年頃からウイーンのカード製造者として名高いです。色彩印刷の美しさに定評があります。

*フルニエ社(Fournier, Heraclio S.A.)
スペインの有名なメーカーで、1868年ヴィットリオにて創立。斬新なデザインで世界に知られています。フルニエ・ミュージアムからは、世界各国の古いトランプが紹介されている「PLAYING CARDS」が出版されています。

*ミュラー社(Muller, A.G.)
スイスの有名なメーカーで19世紀初期にナウハウゼンにて創業。タロットカードも数多くリリースしており、アメリカなどに輸出しています。1970年代の日本のタロットブームの時、最初に本格的に輸入されたのが、ミュラー社の1JJ版タロットでした。

*グリモウ社(Grimaud, B.P.)
フランスの有名なメーカーで1848年設立。(1851年にパリにて創業とも言われています。)1870年代以降、19世紀末までにLequart & ThuillerやPellerin、Camoinなどを吸収しましたが、1962年グリモウ社はロレーヌ地方のメーカー"La Ducale"のJean-Marie Simon(J・M・シモン:後のFrance Cartes社)にブランド名と商品目録を売却。1963年にはウォディントン社(Waddington, J. 1893年頃からある老舗のメーカー)とイギリスの老舗メーカー、ド・ラ・リュー社の二社と合併しました。その後、カードはイギリスでは「ウォディントン」、フランスでは「グリモウ」の名で発売されていました。現在は、ヘロン(Heron)社や デュッセ(Dusserre)社と共に France Cartes社 の傘下で活動しています。歴史的な復刻版を数多くリリースしています。

*U.S.プレイング・カード社(U.S.Playing C.C.)
アメリカ最大のカードメーカー。1867年にラッセル・モーガン社としてサーカスや劇場のポスターを印刷する会社からスタート。1881年よりカードの印刷を手がけ、1891年にはユナイテッド・ステーツ・プリンテング社に、1894年頃から、現在のU.S.プレイング社の社名が用いられました。マジシャンが好んで使う日本でも有名な「バイスクル」は1885年からの製品。1894年にニューヨーク・コンソリデイテッド・カード社(1832年にルイス・コーヘンにより設立)を、さらに13年後にはダウティ・カード会社を吸収合併し発展しました。その後1969年には、ダイヤモンド・インターナショナル社の傘下に入り、子会社として運営されています。西部で人気を博した「ビー」は1892年に発売。ブリッジ用カードの「コングレス」は1881年より製造しています。

*U.S.ゲームシステムズ(U.S. Games Systems, Inc)
アメリカのタロットカード大手メーカー。オーナーのStuart R.Kaplan 氏はタロット研究家&コレクターとして有名です。プレイング・カード(トランプ)も数多く出しています。

*ロ・スカラベオ(LO SCARABEO)
イタリアでピエロAlligoとマリオPignatielloによって1987年に設立された新進気鋭のメーカー。新しいタロットカードを比較的安価に積極的にリリースして急成長。日本にも多く輸出しています。プレイング・カード(トランプ)も数多く出しています。


他に、アメリカのモーガンプレス、イスラエルのライオン、ドイツのASS、イタリアのダルネグロ、モディアーノ、アリエンテなども有名です。

>>ホームへ

 

 

折りたたむ

トランプ(プレイング・カード)について

トランプについて

トランプ(プレイング・カード)について
クローバー タロットの歴史年表でも触れましたが、1377年最も古いプレイング・カードの記述があり、このカードは,イスタンブールのトプカピ・サライ博物館に所蔵されている『マムルーク・カード』が起源と考えられています。(マムルーク・カードの起源は7~8世紀頃の中国説が最も有力です。) 『マムルーク・カード』は15世紀頃のトルコのものと思われますが、その起源は13世紀頃までさかのぼることができると推測されています。
当時はまだ、ジョーカーは存在せず、ジョーカーは19世紀に入ってから登場します。タロット・カードの愚者が影響したのかもしれません。
日本に伝わったのは室町時代末期です。鉄砲などと共にポルトガルから伝えられたと考えられています。

【トランプのスート(マーク)について】
「マムルーク・カード」におけるスート(マーク)はカップ、ポロのステッキ、コイン、剣、の4種類で、それが元になりヨーロッパのトランプの4つのスート(マーク)の原型が1320年ごろ発明されたと言われています。各スートは、「聖杯」「棍棒」「貨幣」「剣」でカード発明当時の中世社会の四つの階級を表していたとも言われています。(これはタロットと起源は同じであることを示しています。)
それぞれ、聖杯は僧侶・聖職者、棍棒は農民または労働階級、貨幣は商人、剣は貴族・軍人、が当てはまると言われています。(イタリアでは、聖杯は信仰、棍棒は不屈の精神、貨幣は慈悲、剣は正義、を意味すると言われていたようです。)後に、聖杯はハートに、棍棒はクラブに、貨幣はダイヤに、剣はスペードに変化します。
この初期のスートである、聖杯、棍棒、貨幣、剣、はトランプがイタリアよりヨーロッパに広がると共に次の様に変化しました。

イタリア・スペイン・ポルトガル・・・(タロットと同じく)聖杯・棍棒・貨幣・剣
ドイツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・心臓・どんぐり・鈴・木の葉
スイス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ばら・どんぐり・鈴・楯
フランス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・心臓(ハート)・三つ葉・敷石・槍
                     (形は、ハート・クラブ・ダイヤ・スペード)
アメリカ・イギリス・・・・・・・・・・・・・・・・ハート・クラブ・ダイヤ・スペード

イタリアから伝わったと思われるトランプはそのマークについては、スペイン、ポルトガルではほとんど変化はありませんでした。
しかし、十四世紀後半、ドイツに伝わるとやがてマークは上記のように変化し、ドイツの基本のマークとして現在に至るまで続いており、東ヨーロッパの国々でも使われています。(但し、ドイツで発見されている最も古いカードは、シュトゥットガルト美術館に保存されている、1430年に製作された手描きの52枚のカードで、そのマークは狩のシンボルである、鹿、隼、犬、アヒルの4種類でした。)なぜこのように変化したのかは不明ですが、ドイツにおいては十五世紀の中頃から十六世紀にかけて、銅版画の名人を中心に見事な微細画で、さまざまな標準外のマーク(石竹、薔薇、一角獣、兎、猿、本、壺、かぶと、ざくろ、紋章の付いた盾、ライオン、おうむ、孔雀、飲酒用コップなど)が作られ、マークの変化だけでなく華やかな飾りも描かれたカードも作られました。そのような、お国柄が関係しているのかもしれません。
スイスにドイツより伝わった時は、当時、有名なウィリアム・テルの話しでも知られるように山岳地方の同盟国に独立の機運を与えるほど強かったスイス軍の民族的力が影響してか、赤い「心臓」(ハート)は自由を表す「薔薇」に、緑の「木の葉」は正義の象徴の「盾」になりました。
フランスに伝わって(ドイツからと考えられる?)上記のマークが誕生したのは十五世紀前半、ジャンヌ・ダルクの時代頃と考えられています。三つ葉はどんぐりより転写されたもので、特徴的なのは、「敷石」で十二世紀から十五世紀に教会の敷石として使われた種類のものと思われ、フランス独自のアイデアでした。スコラ哲学者(教会教義絶対主義者)達はこのマークを次のように見ていたそうです。
「心臓(ハート)」・・・教会。
「三つ葉」・・・豚の飼料で農民の象徴。
「敷石」・・・教会の陣内に埋葬される富裕階級。
「槍」・・・騎士の武器で貴族の象徴。
そしてイギリスに入ったカードは呼び名を変えられただけで、マークは変化しませんでした。「ハート」は「心臓」の直訳で、「クラブ」はイタリア語の「棍棒」のことを英語でclubといい「三つ葉」と混同してこのように呼ばれたと考えられています。「ダイヤ」はダイヤモンドでイタリアの貨幣の「高価なもの」という意味を仲介し「敷石」がこのように呼ばれたと考えられています。「スペード」は、イタリア語の「刀剣」を意味するSpade(Spadaの複数形)から来ており「槍」と混同されたものと考えられています。(イギリスに最初に伝わったカードは1430年頃、スペインタイプのイタリア式スートのカードと思われ、そのためこのような混同が起こったと思われます。なお、模様の複雑で彩色の美しいイタリア式スートのカードはコストが非常に高くつき、やがて英国内でカードが作られるようになると、主に経済的理由のため、フレンチスートを使用するようになったそうです。)
この四つのマークの呼び名は、すでに十六世紀には使用されていたと言われています。
このようなわけで、イギリス由来のトランプ(アメリカには19世紀前半に伝わった?)の三つ葉の正式な読みは「クラブ」で「クローバー」ではありません。

最終的にはフランス式(フレンチスート)が主流となり、18世紀末にはドイツでも作られる様になったわけですが、イタリア式のスートを使うものもイタリア・スペインなど南欧地区ではまだ残っています。

なお、元オックスフォード大学論理学教授であり、タロットの歴史家で有名なマイケル・ダメット氏は、イタリア式のスート(聖杯、棍棒、貨幣、剣)を、初期のスペインのスートやポルトガルのスートと、区別して考え、イタリアン・スート、スパニッシュ・スート、ポルトガル・スートの三つに分けました。この三つは厳密には次のような違いが見られます。
*イタリアン・スート
南部では、「剣」は三日月の形をしており交差しており、「棍棒(棒)」はこぶのないまっすぐの美しいスタイルになっている(「マムルーク・カード」に最も近い形)。各スートの王は座っている。
北部では、「剣」はまっすぐで交差しておらず並べられている。王は立っている。
*ポルトガル・スート
「剣」はまっすぐで交差しており、「棍棒」は先のほうが太くなっている。王は座っていたり立っていたりする。特徴的なのは、各スートのエースにドラゴン(竜)が描かれている。
*スパンッシュ(スペイン)・スート
「剣」はまっすぐで交差しておらず並べられている、「棍棒」は先が非常に太くなりコブが目立つ。王は立っている。
ダメット氏は、この三つを総称し「ラテン・スート・サイン」と呼びました。

 

【トランプのコートカード(絵札)の種類について】
【トランプのコートカード(絵札)の種類について】
トランプのキング、クイーン、ジャックの絵札はコートカード(court cards)とよばれ、直訳すると「宮廷カード」となります。(また、他にcoat cards 「上衣のカード」説もあります。)
カードの信頼できる最も古い記録である1377年のヨハネスの記録では、コートカード(絵札)の種類について、はっきり述べられていない様ですが、「マムルーク・カード」では「副総督」「総督」「王」となっていました。(但し、人物は描かれておらず、カードの下に、文字で書かれているだけでした。)また、ヨーロッパに残る最も古いカードであるイタリア製のトラポッタというゲームに使われるトラポッタ・カードでは、「男従者」「騎士」「王」でした。その後、イタリアからヨーロッパに広がるにつれ、コートカード(J・Q・K)の構成は、いろいろなバリエーションが発生します。

イタリア・・・・・・「男従者」「男騎士」「王」・(一パック36枚)
スペイン・・・・・「男従者」「男騎士」「王」・(一パック40枚)
ポルトガル・・・「女従者」「男騎士」「王」・(一パック48枚)
ドイツ・・・・・・・「下僕」「上官」「王」・・・(一パック48枚)
スイス・・・・・・・「下僕」「上官」「王」・・・(一パック48枚又は36枚)
フランス・・・・・・「男従者」「王妃」「王」・・(一パック36枚から52枚の数種類)
(なお、フランスのカードが「騎士」の代わりに「王妃」が入っているのは、イタリアからトラポッタ・カードより先に、78枚のタロットカードが渡ってきて影響を与えたのではないか?またポルトガルの「女従者」は、ポルトガルにはフランスからもカードが輸入されていてその影響ではないか?という説もあります。)
初期のカードに王妃が少ないのは、カードゲームの本質が「相手との戦い」で「戦争」の暗示があったからかもしれません。(十七世紀のフランスでは、カードゲームは「戦争の遊び」という代名詞で通用していました。)

この中のポルトガル系列のトランプが十六世紀中頃の天文年間に日本に「南蛮カルタ」として伝わったようで、その二十数年後、「天正カルタ(天正加留多)」となりました。
(トランプやプレイング・カードのことをポルトガル語にすると「カルタ」となります。)

なお、日本で生産され現存している最初のカルタは、渡来した「南蛮カルタ」を基にして16世紀末に制作されたと思われる、この「天正カルタ」です。
(百人一首は藤原定家が鎌倉時代初期に選んだものですが、当時はかるたの形にして遊んでいた訳ではなく、書物として編集したものが流布されると共に、色紙などに書いて愛でていただけで、百人一首を「かるた」として遊ぶようになったのは、江戸時代以後となります。)

【天正カルタと、うんすんカルタについて】

天正カルタの現物は神戸の芦屋の滴翠美術館にたった1枚のみ残されています。これは九州の三池でつくられたものと考えられており、カルタの裏に「三池住貞次」という製造元の銘が入っています。
天正カルタは4つのスート〈聖杯、棍棒、剣、硬貨。其々コップ、ハウ又は青札、イス又は赤札、オウルと呼ばれた。〉に各1から9と女従者、騎士、王の12枚づつ計48枚の構成になっていました。女従者をソータ、騎士をウマ、王を初期には椅子に腰掛けていたためコシと呼び、やがて最後の札なのでキリ(切り)と呼ばれるようになりました。また棍棒の1は初期には「アザ、虫」、剣の1は「ぴん」と呼ばれ、ここから「ピンからキリまで」という言葉が生まれたと言われています。
その後、この天正カルタは度々禁止令が出され、「めくりカルタ」や「うんすんカルタ」に派生していきます。(「めくりカルタ」は安永年間〈1772年~1780年〉に天正カルタが名前を変え大流行したもので、その後、禁止され、48枚〈4スート各12枚〉という構成は花札〈12種各4枚で12ヶ月にちなんだ花鳥風月を配した札。〉に受け継がれます。)

天正カルタ成立の約100年後の貞享年間(1685年頃)に発展したものが「うんすんカルタ」となります。これはスートを1個増やすと共に、各スートに2枚のカード「うん」と「すん」を加えたものです。「うん」と「すん」があるから「うんすん」という訳です。結果75枚になります。「うん」の五枚は布袋、福禄寿、大黒、恵比寿、達磨で「すん」は唐人の黒冠する者皆「すん」也と書かれています。「うんとか、すんとか、言えよ」とか「うんとも、すんとも言わない」というのは、ここから来たと言われています。

 


【トランプの語源について】
【トランプの語源について】
「トランプ」は日本独特の呼び名で、アメリカ、イギリスなどでは「プレイングカード」と呼びます。
「トランプ」の本来の意味は、「強い札」のことで、英語の「trump」から来ています。その語源は、ラテン語のトリオンフス(triumphus)で意味は「勝利、凱旋」でイギリスに渡り「trump」となったそうです。
カードゲームに使われた「トランプ」は、日本でいう「切り札」と呼ぶものと同じで、なぜ、「プレイング・カード」を「トランプ」と呼ぶようになったかは、はっきりしませんが、現在以下の説があります。

1. 明治時代にカルタ禁止令が廃止され、再度、欧州文化のカードゲームが入って来た時、当時、外国人がプレイング・カードでゲームをしている最中に「トランプ!(切り札!)」という声がよく聞かれたため、それを聞いていた日本人が、その遊びのことを「トランプ」であると勘違いしたところから来ていると言う説。
2. 当時、カードの解説書を訳すとき「トランプ(切り札)はカードの中で『よきもの』である」というところを、「カードの中でも品質の『よきもの』をトランプという」と誤訳したためと言う説。(大牟田市立三池カルタ記念館監修 宮本貴美子 木村浩司 文 「カルタ」 参照)

 

【カードの枚数について】
【カードの枚数について】
1377年のヨハネスの記録では、カードの枚数は52枚から60枚で出来ていると述べられおり、また「マムルーク・カード」は、現存する枚数は48枚ですが、元々は52枚だったと考えられています。コートカード(絵札)の項で紹介したトラポッタ・カードでは、その枚数は一組36枚でした。このトラポッタ・カードなどが変化して行ったと思われる他国のカードと枚数を比べてみると、

イタリア・・・・・・・・・・36枚(3~6が無い)(他に40枚、52枚在り)
スペイン・・・・・・・・・・40枚(8~10が無い)、(他に43枚、48枚、51枚、54枚在り)
ポルトガル・・・・・・・・・48枚(10が無い)
ドイツ・・・・・・・・・・・48枚(1が無い)、32枚(2~6がない)、(他に36枚、40枚在り)
スイス・・・・・・・・・・・48枚(2が無い)、36枚(2~5が無い)
フランス・・・・・・・・・・52枚や32枚(2~6がない)、(他に40枚、36枚、その他在り)
となります。
(ポルトガルの48枚のパックが天正かるたとして伝わったと思われます。)

なお、上記のような枚数の変化は、そのほとんどが数札によるもので、トランプのコートカード(絵札)を除いた数札は「ピップ・カード(pip cards)」または「ヌーメラル・カード(numeral cards)」とも呼ばれます。

現在でも、ヨーロッパではいろいろな枚数のカードパックがあります。52枚が一組のトランプが標準ですが、ドイツやフランスの32枚のゲーム(スカートやピケ)のパックや、イタリアの40枚のゲーム(スコポーネなど)、スペインの48枚のゲーム、また他に36枚のゲーム(ヤスなど)などの地方札があります。それぞれの国でメジャーなゲームがあるので、そのゲームに使用するだけのカードパックが売られているのです。
カードゲームは欧州文化の象徴です。また、芸術的にも優れたものがよくあり、カード文化の歴史も長いためコレクターも非常に多いわけです。

【スペードのエースについて】
スペードのエースが他のスートと柄が違うのは、以下の理由からです。1628年にイギリス政府によりトランプに税金が掛けられることになりました。納税した証しに、スペードのエースを政府が刷って業者に渡したり、カードに証印を押したりしたのですが、それと同時にカードには王冠の装飾や製造会社名が入れる事が義務づけられデザインを複雑にして偽造を防ぎました。そのためスペードのエースはデューティ・エース(関税エース)と呼ばれ、そのデザインが現在でも受け継がれているためです。古いカードには税額まで入っているものもあります。英国ではその名残りでオールド・フリッツル(ちぢれ毛のじじい)とよぶそうです。

日本でも、1902年に伊藤博文がアメリカのカード税を真似て導入し、施行した骨牌(カルタなど勝負事に用いる札のこと)税(「かるた ぜい」又は「こつぱいぜい」と読みます)が掛けられました。これが1957年にはトランプ類税となり、パッケージに証紙を貼る事が義務化されていましたが、1989年の消費税導入時に廃止されました。

【ジョーカーについて】
ジョーカーの起源については複数の説があります。
1.19世紀の後半、1887年に、イギリスのユニオン・カード・アンド・ペーパー社が52枚のカードにEXTRA-JOKERとだけ書かれたカード(予備カード?)を挿入したものが変化したという説。(堤芳郎著「トランプ手品百科」)
2.1857年にニューヨークのサミュエル・ハート社が作成した「ロンドンクラブ」と言うカードに初めて登場した という説。(P.ロバートソン著「雑学・世界なんでもかんでも最初のこと」)
3.19世紀の後半、1870年代にジョーカーが発明され、同時期にポーカーのルールの一種にジョーカーズ・ワイルドが作られたと言う説。
4.イギリスのユーカーというゲームに使う「ベスト・バウアー」という札が変化したと言う説。ヨーロッパはピケやスカートなど2から6を使用しない32枚のゲームが多いのですがユーカーではこれに「ベスト・バウアー」と呼ばれるクラブの2を加えてゲームを行ったのだそうです。ユーカー(eucher)が(juker)に、そしてジョーカー(joker)になったと言う説(ただし、この説は松田道弘氏の1979年11月初版の岩波新書「トランプものがたり」に記述されている。と書かれていますが、記述を確認することは出来ませんでした。真偽の方は不明です。)
どちらにせよ、絵柄などにタロットの愚者が影響を与えた可能性はありますが、直接の関係はないようです。

ジョーカーをババ抜きに使うよう工夫したのは、日本人のようです。 
明治43年の「現代娯楽全集」の「骨牌(かるた)」のところには「{婆抜き} 最初に女王一枚とジョーカーとを抜き、五十一枚を平等に分配し置く」と外国のルールにきわめて忠実な説明が記載されており、最初からジョーカーを使用していません。その後に日本においてジョーカーを使用する、現在のババ抜きのルールが出来たようです。

【トランプとサンドイッチ】
ところで、トランプ(プレイングカード)とサンドイッチには深い関係があります。イギリスのケント州のサンドイッチ伯(1718年~1792年)は無類のカードゲーム好き。カードに熱中する余り、肉をパンにはさんだものを食べながら24時間連続ゲームの記録をつくったとか…。その時の簡便食が今に伝わったのがサンドイッチだそうです。サンドイッチが好きな人は、ぜひサンドイッチ伯のことを思い出してトランプも好きになって下さい。



*参考文献:松田道弘著「トランプものがたり」、林宏太郎著「トランプとタロット」、Hargrave 「A History of Playing Cards and a Bibliography of Cards and Gaming」 他。

>>トランプの絵札の人物について

>>タロットカード概要へ

>>タロットの歴史とトランプの歴史年表

 

折りたたむ

タロットの歴史とトランプの歴史年表

タロットカードについて

タロットの歴史とトランプの歴史年表

ここでは、タロットやトランプに関係する出来事を美術、音楽などと平行して追って見ます。
なお、巻末に年代別による索引を掲載しましたので、ご参考下さい。
また、魔術関係人物の詳細については、有名な魔術研究家 江口之隆氏のご厚意で「O∴H∴西洋魔術博物館」にリンクさせて頂いています。


【2~6世紀】
タロットと関連があると言われる「カバラ」(ユダヤ神秘主義)の3大原典の一つ「創成の書」(形成の書)が作られる?

【11世紀】
中国・中国の書物に、最も古いプレイング・カードに近いものが唐の時代(617~906)に存在したとの記述あり。                   

ビザンチン美術。

【12世紀】            
ゴシック美術起こる。

【13世紀】
15世紀のイスタンブールのマムルーク・カードの起源が出現?

13世紀末「カバラ」の2大原典の一つ「壮麗の書」がスペインの高僧により作られる?

【14世紀】
1320年頃・プレイング・カード(トランプ)の4種類のスートの原型が発明された?

1338年イギリス・フランス百年戦争。

1377年・最も古いプレイング・カード(トランプ)の信頼できる記述。Naibi(アラビア語の副官の意味)と呼ばれる52枚のカード(スイス、バーゼルに住むドミニコ会のドイツ人修道士ヨハネスの記述)。『マムルーク・カード』が起源?

【15世紀】
15世紀前半〔イタリア〕占星術やヘルメス主義、新プラトン主義の影響を受けた14世紀の詩人フランチェスコ・ペトラルカの「トリオンフィ」という詩から題材を得たトライアンフ(凱旋)の行列に影響を受け、プレイング・カードに北イタリアあたりで22枚の大アルカナが追加されタロットの原型となった?(伊泉龍一氏談)

1440年頃〔イタリア 〕タロッキプレイヤーのフレスコ画

1442年〔イタリア〕イタリア・フェラ-ラ領主エステ家の帳簿「トリオンフィ(又はトライアンフ)のカードパック」購入の記述(現在知られているタロットの最も古い記録)。トライアンフ(ラテン語)はトランプ(切り札)の語源?

1445年グーテンベルグ初めて聖書を印刷。

1450年頃〔イタリア 〕最も古い現存するタロット・カード。ヴィスコンティ家の3種のカードの存在。宮廷画家ザヴァターリもしくは、ボニファッキオ・ベンボの作と考えられている。
ブランビラ・パック(1447年以前に製作?)
ケーリー・イエール・パック(1450年以後に製作?)
『ピアポント・モルガン-ベルガモ・パック(ビスコンティ・スホルツァ版)』

1452年レオナルド・ダ・ヴィンチ誕生。

1453年東ローマ帝国トルコに滅ぼされる。

1460年頃以降〔イタリア〕次に古いタロット。グランゴヌール・パック(一部で1392年のシャルル六世の帳簿の記録と結び付けられ14世紀のカードと間違えられ、最古のカードとされている。「シャルル六世のタロット」と呼ばれている場合がある。)

1475年ミケランジェロ、1483年ラファエロ誕生。ルネッサンスの最盛期。

【16世紀】
1516年〔イタリア〕 フェラーラの宮廷の帳簿にタロッキの言葉

1540年・プレイング・カード(トランプ)の最古の占いの記録。「思索の庭と名付けられたフォルリのフランチェスコ・マルコリーノの運勢」

1543年〔日本〕ポルトガル人により天正カルタの元になる「南蛮カルタ」が伝来した?

1550年・この時点でタロッキの語源についてはわからないとされている。
この頃、ヨーロッパのフランス、スイス、ドイツなどに広がりそれぞれ独自にカードの形態が変化してゆく。 (『マルセイユ版』など。)


【17世紀】
17世紀初頭〔フランス〕ルーアンやリヨンなどでプレイング・カード(トランプ)製造がさかんになり、海外へも多量に輸出される。

1602年・上下二つの顔のある両頭カードのプレイング・カード(トランプ)で最古のものが作られた?

1628年〔イギリス〕ロンドンのプレイング・カード製造組合が公認される。

この頃、フランスではゲームとしてのタロットは衰退していた。
                              
音楽家リュリやシャルパンティエ活躍。
           

【18世紀】
18世紀前半〔イタリア〕最古のタロット占い?ボローニャの記録

1712年〔イギリス〕ロンドンのジョン・レンソールが、1690年頃のドーマン・ニューマンの占い専用のカードのリプリント版を出版。

バロック様式出現。1714年ヘンデルの「水上の音楽」。
                      
1750年ヨハン・S・バッハ死去。

1770年〔フランス〕占い師エッテイラ(本名ジャン・バプティスタ・アリエット)による現代に通じるカード占い方法の出版。
後の18世紀末~19世紀前半のフランスのカード占いブームの始まり。
1770年ルードヴィヒ・ヴァンベートーヴェン誕生。

1781年〔フランス〕当時コンドルセやヴォルテールといった一級の思想家を会員としベンジャミン・フランクリンを支部長としていた、フリーメーソンの会員である学者クール・ド・ジュプランによるタロット古代エジプト説の出現。著書『原始世界』第八巻目にTAROT=『王の道』説を唱える。
タロット神秘化のはじまり
ド・メレによるエジプト人のタロット占いについての紹介。    

美術、ロココ様式。

1783年〔フランス〕エッテイラによりタロット占い本の出版

1784年〔〕当時28歳のヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトがフリーメイソンに入団する。

1789年〔フランス〕エッテイラ、伝統的な「マルセイユ版」を古代エジプト式に修正したタロットを製作。『エッテイラ版』     
1789年フランス革命のはじまりの年。

1791年・ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト(フリーメイソン会員)によるエジプトを舞台にしたオペラ「魔笛」の上演


 


【19世紀】
1804年ナポレオンによる帝政。

1807年〔フランス〕エッテイラの弟子、ドドッセ「サインの科学」、また他の弟子による「トートの書の解釈辞典」出版。後に続くエッテイラ系列の占い用タロットに影響をあたえる。                 

美術、新古典主義ダヴィット、アングル。

1808年頃〔フランス 〕フランスでマドモアゼル・ル・ノルマンの活躍。(現代まで続く女性カード占い師の原型が創り出される)
このころフランスでは女性カード占い師が大活躍。パリでは禁止令が出されるほどになる。18世紀中頃までフランスにおける女性透視術の黄金時代が起こる。

美術、ロマン主義ドラクロワなど。
              
1815年シューベルト「魔王」作曲、同年ナポレオン失脚。

1816年〔イギリス〕サミュエル・ウェラー・シンガー「プレイング・カードの歴史」」で
クール・ド・ジュプランのタロット古代エジプト起源説の紹介。
                       
1824年ベートーヴェン第九番初演奏。

1830年ベルリオーズ「幻想交響曲」。
1830年代頃、美術バルビゾン派、ルソー、コロー、ミレーなど。

1841年〔フランス〕ムッシュ、エナンがリヨンの古本屋で古本の修理の際に1440年に作られたと思われるカードを10枚発見(表紙の芯として使用されていた。)。現存する最古のプレイング・カード。(現在は大英博物館に8枚、U.S.プレイング・カード社にクラブとスペードのジャックが保管されている。)

1845年占いカード「グラン・ジュー・ド・ル・ノルマン」が「マドモアゼル・ル・ノルマンの偉大な結社のゲームと秘密のテクニック」と題された本と共に出版される。

1850年頃ドイツ語圏内で占いカード「ペティ・ル・ノルマン」が出版される。

1853年ヴェルディ「椿姫」作曲。

1854年〔フランス〕 文豪バルザックなどと交友があり、18世紀のメスメリズムの影響をうけた神秘主義者であるエリファス・レヴィ(アルフォンス=ルイ・コンスタン)がクール・ド・ジュプランやエッテイラのあとを継ぎ、タロットを 中心とした「高等魔術の教理と祭儀」を出版。
これによりタロットは、『セフィロト』(生命の樹)の概念を中心とする「カバラ」(ユダヤ神秘主義)とむすびつけられる。(「高等魔術」のツールとしてのタロット(オカルトタロット?)の誕生。)
注:『セフィロト』(生命の樹)・・・〈世界の創造〉=〈神の顕現〉を図として表したもの。
注:メスメリズム・・・・・・・・・・・・18世紀オーストラリアの医師メスメルの『動物磁気説』からくる思想。ここより端を発する催眠状態への関心が、パリの医師シャルコー(1825年~1893年)により生理学的メカニズムの研究として抽出され、ジクムント・フロイト(1856年~1939年)の精神分析学へ引き継がれる。
同時期、エリファス・レヴィの指導を受けたポール・クリスチャン(ジャン・パプティスト・ピトワ)が、著書「チュイルリーの赤い人」の中でタロットを占星術と結びつける。また、初めてタロットをアルカナと呼ぶ。(クリスチャンの思い描いたタロットのイメージは後にエドモント・ビロードにより作られた 『グラン・タロー・ベリーヌ』で再現される。)       
この2つが後の神秘主義タロットの伝統に大きな影響を与える。

美術、印象派マネ、ドガ、モネ、シスレー、ルノアールなど。

1859年グノー、「ファウスト」作曲。

1861年〔イギリス〕 ケネス・ロバート・ヘンデルセン・マッケンジー、パリのエリファス・レヴィを訪問。

1867年〔イギリス〕 上記、マッケンジーの助力によりロバート・ウェントワース・リトルが「イギリス薔薇十字協会」を設立。
1867年ヨハン・シュトラウス2世「美しき青きドナウ」作曲。

1875年ビゼー、「カルメン」作曲。

1876年ワーグナー「ニーベルンゲンの指環」全曲初演。

1884年〔フランス〕 オスワルト・ウィルト、フリーメーソン加入

1885年〔イギリス〕 ケネス・ロバート・ヘンデルセン・マッケンジー、英国初のタロット本の出版を目指していたが挫折。内容 見本を翌年、会員医師ウィリアム・ウィン・ウェストコットに見せ、サミュエル・リデル・メイザースも見ることとなる。
1885年〔アメリカ〕 アメリカ初のオカルト・タロットに関する記事が「ルクソール(レキュソール)のヘルメティツク兄弟団」の関係者により「プラトニスト」に掲載される。(レキュソールは後に製薬メーカーとなる。)     
1885年〔日本〕明治18年 日本で内閣制度ができたこの年以降、現在のトランプが、イギリス、アメリカ、ベルギーなどから輸入されるようになる。

美術、新印象派スーラなど。

1886年〔イギリス〕 アーサー・E・ウェイトがエリファス・レヴィの著作の一部を英語訳した「魔術の神秘」出版。イギリス最初のオカルト・タロットについて書かれた書物となる。                     
1886年〔フランス〕 スタニラス・ド・ガイタジョセフ=アントワース・ブーラン率いる「慈悲の御業会」の黒ミサ、黒魔術の内容を知りブーランを非難。有罪宣告の書状を送りつける。ここに、ガイタVSブーランの19世紀最大の魔術抗争がおこる。その模様、J.K.ユイスマンス著『彼方』(1891年)に記される。(ただし、ユイスマンスはブーラン側)。1893年ブーランの死で決着。

美術、後期印象派セザンヌなど。

1887年〔フランス〕 オスワルト・ウィルト、スタニラス・ド・ガイタと出会い秘書となる。

1888年〔フランス〕 医師パピュス〈本名、ジェラルド・アンコース)、スタニラス・ド・ガイタ、ジョセフ・ペラタンらと共に「薔薇十字カバラ団」を設立。(十七世紀初頭のドイツでの「バラ十字宣言」に端を発するバラ十字運動のフランスにおける復興。)また、同年「サン=マルタン教団」設立。グランドマスターとなる。

1880年代後半美術アールヌーヴォー起こる。

1888年〔ドイツ〕フランク・ハルトマン「秘教薔薇十字団」設立。
1888年〔イギリス〕 ウイリアム・ウィン・ウエストコット、暗号文書「サイファーMS」を手に入れることにより、「秘密の首領(シークレット・チーフ)」からの教えをドイツの結社の一員であるシュプレンゲルという女性を通じて手紙のやり取りで手に入れ、ドイツの高位位階の団から、ロンドンに新しく団を設立するための許可書を受け取ったと主張。 
ここに、ウイリアム・ウィン・ウエストコットとサミュエル・リデル・メイザースとウィリアム・ロバート・ウッドマン(当時のイギリス薔薇十字協会の会長)の三人により『黄金の夜明け団』が設立。ノーベル文学賞詩人W.B.イェイツなども所属する事となる。
1888年〔イギリス〕 サミュエル・リデル・メイザースがイギリス最初の完全なタロット本、「タロット・そのオカルト的意味、占いでの使用と実践の方法」を出版。「コイン」のスートを「ペンタクル」と呼ぶ。
1888年エリック・サティ「ジムノペディ」作曲。

美術、印象派から出発し独自の芸術を築いたゴッホ、ゴーガンに影響されたナビ(預言者)派の活躍

1889年〔イギリス〕 サミュエル・リデル・メイザースのもとにシュプレンゲルと名乗る60歳前後の老婦人と30代の小男が訪れる。実はこの二人はプロの詐欺師でメイザースをすっかり信用させてしまう。
1889年〔フランス〕 オスワルト・ウィルト、スタニラス・ド・ガイタの指示でレヴィが果たせなかったカバラ的タロットの製作 (旧オスワルト・ウィルト版)
1889年〔フランス〕 パピュス「ボヘミアンのタロット」著作、発表。旧オスワルト・ウィルト版を口絵に使用。

1890年〔フランス〕 ジョセフ・ペラタン「薔薇十字カバラ団」より分離。「カトリック薔薇十字=聖杯神殿教団」設立。薔薇十字のオーケストラを組織し準専属の作曲家にエリック・サティを置く。

1891年 サミュエル・リデル・メイザース(マクレガー・メイザース)がシークレット・チーフとの直接接触宣言。翌年パリに黄金の夜明け団の支部、「アハトール・テンプル」を設立。そこからシークレット・チーフからの知識と称するものをイギリス本部へ送る。1894年位からイギリス本部と対立しはじめる。

世紀末美術、象徴主義、統合主義、モロー、クリムト、ムンクなど。

1893年〔フランス〕 ジョセフ・ペラタン、「薔薇十字サロン」展開催。ギュスターヴ・モロー、フェリシアン・ロップス、ジョルジュ・ルオー、ピュヴィ・ド・シャヴァンヌらが出展。象徴派の芸術運動へ。大きな成功を収める。1898年まで続く。
1893年チャイコフスキー「悲槍」作曲。

1896年〔フランス〕 R.ファルコナーが著書、「タロット占いの二十二のヘルメス的葉」の中でモーリス・オットー・ヴェグナーにより描かれた『エジプティアン・タロット』22枚の大アルカナを使用する占法を紹介する。
再び占いのツールとしてのタロットが注目される。

1898年〔イギリス〕 アレイスター・クロウリーが「黄金の夜明け団」に参入。団内での位階の上昇を目指してW.B.イェイツフローレンス・ファーと対立。クロウリーはメイザースを頼ってパリへ。


 


 

【20世紀】
1900年 パリのメイザースはクロウリーの昇格を認め、ロンドンのメンバーと完全対立。1900年4月メイザースとクロウリーは「黄金の夜明け団」を追放される。

1901年〔イギリス〕 メイザースをだました詐欺師にせシュプレンゲルらが、黄金の夜明け団の機密文章をうばってロンドンで悪辣なオカルト商売を行い警察に逮捕される。警察の取調べに対し、自分たちは「黄金の夜明け団」の首領と名乗りマスコミが大騒ぎとなる。
このスキャンダルのため、「黄金の夜明け団」はあえなく終息。
1901年ラフマニノフ、「ピアノ協奏曲第二番」作曲。

1902年〔日本〕明治35年 日英同盟が結ばれたこの年、京都の任天堂がアメリカから機械を導入し、国産第1号のトランプが作られる。

1904年 クロウリー、エジプトのカイロ滞在中に妻ローズの口から守護天使エイワスからの託宣を告げられる。その指示に従い受けた啓示を「法の書」に記する。これは、クロウリーの代表作となり、彼の座右の銘「”汝の欲するところをなせ”それが法のすべてでなければならぬ」の一節も登場する。これにより、メイザースに結社の指導者の地位を譲るよう要求。たもとを分かつこととなり、1907年自らの結社、「銀の星団」設立。

1905年ドビュッシー「海」作曲。
1905年美術、フォーヴィズム運動。マティス、ルオーなど。また、ピカソによるキュビズム。

1909年〔フランス〕 パピュスが「タロット占術」を出版。大アルカナと小アルカナの78枚全てを使う占いを主張。ジャン・ガブリエル・グリーナーにより描かせた「エジプティアン・タロット」を口絵に使用。
1909年 クロウリー「777の書」を著作。この書物から「黄金の夜明け団」の秘密であるタロットとヘブライ語の対応などを暴露していく。            
1909年〔イギリス〕 この動きに反応して、元「黄金の夜明け団」団員であるアーサー・E・ウェイトが、
パメラ・コーマン・スミスに描かせたイギリス最初のタロット・パック、『ライダーウェイト・タロット』を発表。さらに「V.N.」という署名のもと「オカルト・レビュー」誌に黄道十二宮、天体とエレメンツ、ヘブライ語などのタロットとの間の秘密の属性が公開される。
これらの動きにより、それまで一部の結社のものであったオカルト・タロットは大衆化へ向かう。

1911年〔アメリカ〕 アメリカでアーサー・E・ウエイトの「タロットの絵の鍵」が出版される。
1911年ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」。

1912年ラヴェル「ダフニスとクロエ」作曲。

1916年〔アメリカ〕 アメリカで『
ライダーウェイト・タロット』の海賊版が登場する。(実質的なアメリカのタロットのスタート点)
1916年映画「イントレランス」。

1918年〔アメリカ〕 C・C・ザインが「光の兄弟団」結成。のちに「光の協会」となる。ファルコナーのエジプシャン・タロットそっくりの白黒タロット出版。ウェイト版の初期のディストリビューターも行う。1920年~1930年前後のカリフォルニアにこれら多くの秘教的スクールや組織が設立。アメリカのサブ・カルチャーの中にタロットがしっかり根付く。

1919年映画「カリガリ博士」。
1924年ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」作曲。
1925年映画「戦艦ポチョムキン」、「黄金狂時代」。

1926年〔フランス〕 当時フランスのフリーメーソンの中心的人物になっていたオスワルト・ウィルトが自らのタロットカードのデザインを改め「中世のアーティストのタロット」と題して『
オスワルト・ウィルト版』を発行。翌年、同名の本を出版。

1927年〔アメリカ〕 元黄金の夜明け団米国支部メンバーで「聖堂の建設団」=「BOTA」のもとになる結社を設立した
ポール・フォスター・ケースが「タロット・時代を超えた知恵への鍵」の中でタロットのシンボルを心理学者C・G・ユングの「集合的無意識」と結びつける。またタロットの起源、モロッコのフェズ説を説く。

1928年〔アメリカ〕
マリン・パルマ・ホールが「バラ十字の象徴哲学の百科事典的な概要」〈象徴哲学体系)を出版。
1928年、ラヴェル「ボレロ」作曲。

1929年〔アメリカ〕 マリン・パルマ・ホールが神智学者J・オーガスタス・クナップと共にフランスのオカルト・タロットの伝統に影響を受けた「改定された新たなアート・タロット」というタロットを出版。

1930年 神智学者A・E・ツェイレンスが、神智学的観点からタロットを解釈した「タロットの概論」出版。
1930年〔日本〕昭和5年 河合乙彦氏、著作「西洋運命書」(春陽堂発行)の中でタロット・カード占いを紹介。

1931年〔日本〕昭和6年 酒井潔氏の著作「降霊魔術」第9章錬金術の項にタロットの記述。
1931年〔アメリカ〕 ポール・フォスター・ケースが「BOTA」のメンバー、ジェシー・バーンズ・パークスにタロットを描かせ『BOTA版』が出版される。
1931年映画「街の灯」。

1932年〔アメリカ〕 元クロウリーの秘書であった
イスラエル・リガルディーがフロイトの深層心理学的発想を採用して魔術の原理を解説した「生命の樹」「柘榴の園」を出版。
これにより、黄金の夜明け団の教義のほとんどが秘密でなくなった。

1933年映画「キングコング」。

1936年〔アメリカ〕 ポール・フォスター・ケース「哲学探究会」設立。現在も活動中。
1936年プロコフィエフ「ピーターと狼」作曲。

1938年〔日本〕昭和13年 阿部徳蔵氏、「とらんぷ」(第一書房)でタロットカード紹介。

1939年映画「風と共に去りぬ」、
1941年映画「市民ケーン」

1942年 クロウリーのディレクションにより、
レディ・フリーダ・ハリス(英国自由党議員、パーシィー・ハリス卿の妻)により描かれたクロウリーオリジナルのタロット『トート・タロット』が発表される。 古典的、オカルト・タロットの終焉。
タロットのトレンドの中心はアメリカへ。従来の秘密の伝承(オカルト・タロット)から自由なタロットの表現へ。

1943年映画「カサブランカ」。
1944年映画「天井桟敷の人々」。

1953年〔日本〕任天堂、プラスチック素材を取り入れたトランプを開発。

1960年〔アメリカ〕 イーデン・グレイが「明かされた タロット」の中でウエイト版使用。この後、アメリカではウエイト版を採用したタロット本が続々登場する。また、この書物が出版されたあたりからタロットの過去の伝統的解釈から離れ、それぞれの著者の世界観に基ずく解釈が行われるようになる。
1960年映画「太陽がいっぱい」。

1961年〔日本〕昭和36年 渋沢龍彦氏、「黒魔術の手帳」(桃源社)を出版。この中に以前、探偵雑誌「宝石」に掲載した 「古代カルタの謎」と題したタロットの紹介を収載。
同年2月 山田美登利氏、日本初のタロットカード(ウェイト版を模写した小型版)をプリント。「タロットカード占法典」と共に私家版として出版。
1961年映画「ウエスト・サイド物語」。

1965年映画「野生のエルザ」(タロットが劇中に登場)
1968年映画「2001年宇宙の旅」。
1971年映画「ベニスに死す」。

1972年〔アメリカ〕 アルフレット・ダグラス、著作「タロットカードの起源 意味 使用法」の中で大アルカナのカードの順番をユング心理学の「個性化」のプロセスと重ね合わせる。使用図版は「
ダグラス・シェルダン・タロット
1972年〔日本〕昭和47年 種村季弘氏、「錬金術ータロットと愚者の旅」(青土社)、「薔薇十字の魔法」(薔薇十字社)出版。
同年6月 メンズ・マガジンの「NOW」が1JJ版タロットを掲載


1973年〔日本〕昭和48年1月 中井勲氏、「タロット」(継 書房)出版。
同年 
1JJ版タロットがスイスより輸入され販売される。
同年 国産タロット「薔薇十字団のタロット」(スタジオTUM発行)出現。(
オスワルト・ウィルト版のコピー)
1973年映画「アメリカン・グラフィティ」。映画「007死ぬのは奴らだ」(
タロットが劇中に登場)

1974年〔日本〕昭和49年 ユリ・ゲラーとともに日本にオカルトブームが起こりタロットも流行する。
同年5月 神戸の地下街で日本初のタロット展が開催される。
同年8月 岡田夏彦氏、「運命の書」(コーベブックス)出版。
同年9月 A.木星王氏、「ジプシー占いタロット入門」(保育社)出版。
同年10月 辛島宣夫氏、「タロット占いの秘密」(二見書房)出版。
同年11月 渋沢龍彦氏、「別冊太陽」でタロット紹介。
1974年映画「ゴットファーザーPart2」、映画「家族の肖像」、映画「フェリーニのアマルコルド」。

1975年〔日本〕昭和50年 A.木星王氏、「タロット 入門と占い」(大陸書房)出版。日本初の本格的タロット研究書となる。
1975年映画「イノセント」、「カッコーの巣の上で」

    〔日本〕A.木星王氏、「秘法カード占い入門」(日本文芸社)出版。

1977年〔アメリカ〕 イスラエル・リガルディーがメイザースのノートブックを基にして
ロバート・ウォン博士に作画を依頼して、『ゴールデン・ドーン(黄金の夜明け)タロット』を出版。
1977年映画「スターウォーズエピソードⅣ」「未知との遭遇」。

1978年〔アメリカ〕 Stuart R.Kaplanが 「The Encyclopedia of Tarot(タロット百科事典)」出版。
続く、1986年にVol.2、1990年にはVol.3を出版。
1978年[日本]昭和53年 林宏太郎氏、「トランプとタロット」(平凡社)出版。

1979年[日本]昭和54年 松田道弘氏、「トランプものがたり」(岩波書店)出版。
1979年映画「ブリキの太鼓」。映画「エイリアン」。

1980年〔アメリカ〕サリー・ニコルズ、「ユングとタロット 元型の旅」出版。
1980年〔日本〕昭和55年 A.木星王氏、SCHOOL OF WICCA開講、WITCHCRAFTを日本で初めて紹介。また、同年4月 大阪丸ビルにタロット占いの店、「魔女の家」1号店オープンする。以後、氏を中心にした神戸が80年代、90年代と、日本におけるタロット文化の発信地となる。
1980年〔日本〕昭和55年 漫画家魔夜峰央氏(「パタリロ!」「ラシャーヌ!」など)の作画、山田美登利氏の解説で「タロット占い」(白水社)が出版される。

1981年〔日本〕昭和56年 A.木星王氏「イーチン・タロット占い」(西東社)出版。

1982年映画「E・T」。
1985年映画「バック・トウ・ザ・フューチャー」

1989年〔日本〕荒木飛呂彦著、漫画「ジョジョの奇妙な冒険(第3部)」のスタンド(超能力?精神的なエネルギー?)のキャラクターにタロットの大アルカナが使用される。絵柄は「JOJO6251」(1993年出版、集英社)50P~53P参照。

1991年〔日本〕画家、天野義孝氏の作画で「幸せをつかむタロット占い」(成美堂)が出版される。解説はエミール・シェラザード。

1992年〔アメリカ〕 ユング心理学の専門家、シンシア・ジャイルズ、「タロット 歴史 秘儀 伝承」出版。

1997年映画「タイタニック」
1999年映画「マトリックス」。

2000年〔アメリカ〕 セラピストのアーサー・ローゼンガンデル、「タロットと心理学」の中で、セラピーの現場でのタロットの臨床での使用例を詳述。


*参考文献:「タロット大全」伊泉龍一著、「ジプシー占いタロット入門」A.木星王著、「秘法カード占い入門」A.木星王著、「上級タロット占術」A.木星王著、「The Encyclopedia of Tarot」Vol.Ⅰ Vol.Ⅱ Vol.Ⅲ Stuart R Kaplan著 他

伊泉龍一氏監修「運命の世界」はこちら。

 


【タロット・トランプ関連年代別索引】 


タロット・トランプ関連年代別索引
魔術関係人物の詳細については、有名な魔術研究家 江口之隆氏のご厚意で「O∴H∴西洋魔術博物館」にリンクさせて頂いています。

【ア行】
アキバ {8世紀}
アーサー・E・ウェイト(グランド・オリエント){1886年}{1909年}{1911年}
アレイスター・クロウリー {1898年}{1900年}{1904年}{1909年}{1932年}{1942年}
阿部徳蔵 {1938年}
荒木飛呂彦 {1989年}
アルカナ(大アルカナ・小アルカナ){1854年}
アルフレット・ダグラス {1972年}
イスラエル・リガルディー {1932年}{1977年}
イギリス薔薇十字協会 {1867年}
1JJ版タロット {1972年}{1973年}
イーデン・グレイ {1960年}
イェイツ(W.B.イェイツ){1888年}{1898年}
ウイリアム・ウィン・ウェストコット {1885年}{1888年}
ウイリアム・ロバート・ウッドマン {1888年}
エジプト {1781年}{1791年}{1816年}{1896年}{1909年}{1904年}
エテイヤ(エッテイラ:ジャン・パプティスタ・アリエット){1770年}{1783年}{1789年}{1807年}{1854年}
エリファス・レヴィ(アルフォンス=ルイ・コンスタン){1854年}{1861年}{1886年}{1889年}
エドモント・ビロード {1854年}
王の道 {1781年}
オスワルト・ウィルト {1884年}{1887年}{1889年}{1926年}{1973年}
黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン){1888年}{1898年}{1900年}{1901年}{1909年}{1927年}{1932年}{1977年}

【カ行】
カバラ {8世紀}{13世紀末}{1854年}{1889年}
河合乙彦 {1930年}
銀の星団 {1904年}
キャプラン(Stuart.R.Kaplan){1978年}
クール・ド・ジェプラン(アントニー・クール・ド・ジェプラン){1781年}{1816年}{1854年}
クナップ(J・オーガスタス・クナップ){1929年}
グランゴヌール・パック {1460年頃以降}
グラン・タロー・ベリーヌ {1854年}
ケーリー・イェール・パック {1450年頃}
ケネス・ロバート・ヘンデルセン・マッケンジー {1861年}{1867年}{1885年}

【サ行】
サイファーMS {1888年}
ザヴァッターリ {1450年頃}
サン=マルタン教団 {1888年}
サティ(エリック・サティ){1888年}{1890年}
サリー・ニコルズ {1980年}
C・C・ザイン {1918年}
渋澤龍彦 {1961年}{1974年}
シュプレンゲル(アンナ・シュプレンゲル){1888年}{1889年}{1901年}
小アルカナ(マイナー・アルカナ){1909年}
神智学 {1930年}
シンシア・ジャイルズ {1992年}
スタニスラス・ド・ガイタ {1886年}{1887年}{1888年}{1889年}
聖杯神殿教団(カトリック薔薇十字){1890年}
生命の樹{1932年}
セフィロト(生命の樹){1854年}
占星術 {15世紀}{1854年}

【タ行】
大アルカナ(メジャー・アルカナ){15世紀}{1909年}{1972年}{1989年}
種村季弘 {1972年}
哲学研究会 {1936年}
天正カルタ {1543年}
ド・メレ {1781年}
動物磁気 {1854年}
透視術 {1808年頃}
トート・タロット {1942年}
トートの書の解釈辞典 {1807年}
ドドゥセ {1807年}
トライアンフ {15世紀}{1442年}
トランプ(プレイング・カード){11世紀}{1320年}{1377年}{15世紀}{1442年}{1540年}{1602年}
{1628年}{1816年}{1841年}
トリオンフィ {15世紀}{1442年}

【ハ行】
パメラ・コーマン・スミス {1909年}
パピュス(ジェラール・アンコース){1888年}{1889年}{1909年}
薔薇十字運動 {1888年}
薔薇十字カバラ団 {1888年}
バルザック(オノレ・ド・バルザック){1854年}
林宏太郎{1978年}
ピアポント・モルガン・ベルガモ・パック {1450年頃}
光の教会 {1918年}
光の兄弟団 {1918年}
ファルコナー(R.ファルコナー){1896年}{1918年}
ブランビラ・パック {1450年頃}
フリーメーソン {1781年}{1791年}{1884年}{1926年}
フロイト(ジクムント・フロイト){1854年}{1932年}
フランク・ハルトマン{1888年}
フランチェスコ・ペトラルカ {15世紀}
ブーラン(ジョセフ・アントワーヌ・ブーラン){1886年}
ヘルメス主義{15世紀}
ベンボ(ボニファッキオ・ベンボ){1450年頃}
ペラタン(ジョセフ・ペラタン){1888年}{1890年}{1893年}
ポール・クリスチャン(ジャン=バプティスト・ピトワ){1854年}
ポール・フォスター・ケース {1927年}{1931年}{1936年}
BOTA(聖堂の建設団){1927年}{1931年}

【マ行】
松田道弘{1979年}
マリン・パルマ・ホール {1928年}{1929年}
マムルーク・カード {13世紀}{1377年}
魔夜峰央 {1980年}
マルセイユ版 {1550年}{1789年}
メスメル(フランツ・アントン・メスメル){1854年}
メスメリズム {1854年}
メイザーズ(サミュエル・リデル・メイザーズ又はマクレガー・メイザース){1885年}{1888年}
{1889年}{1891年}{1898年}{1900年}{1901年}{1904年}{1977年}
モーツアルト(ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト){1791年}
木星王(A・木星王){1974年}{1975年}{1980年}{1981年}

【ヤ行】
山田美登利 {1961年}{1980年}
ユイスマン(J・K・ユイスマン){1886年}
ユング(カール・グスタフ・ユング){1927年}{1972年}{1980年}{1992年}

【ラ行】
ライダー・ウェイト・タロット(ウェイト版) {1909年}{1916年}{1960年}{1961年}
ル・ノルマン(マドモアゼル・ル・ノルマン){1808年頃}
レディ・フリーダ・ハリス {1942年}

 

>>タロットカード概要へ

>>トランプ(プレイング・カード)について

折りたたむ

タロットカード詳細

折りたたむ

  • 件 (全件)
  • 1